【小説】『絶体零度』2-2-1


2-2-1

「君はシスコンだろうが」
 そう断言したのは江戸紫色の着物に身を包んだ瑠璃だった。雪奈と出かけた日の夜である。ただし夜といっても冬に入って間もないこの季節での感覚のものだ。昼食を食べた後もしばらくは街中を二人で歩いてみたが、特に進展もないということで数時間して別れてしまった。
「ひどいな瑠璃。どうして私がシスターコンプレックスなんて抱いていないといけないんだい?」
 瑠璃は私の言葉に顔を渋いものにして溜息を吐いた。近くに置いてあるキセルに手を伸ばし、肝心の刻みタバコを切らしていたことに気付いて舌打ちする。
「じゃあまず訊くが、君は私の家族のことをどのくらい知っているかね?」
「まったく知らないね。そもそも瑠璃は自分のことを好き好んで話すような人間じゃないじゃないか」
 私は皮肉とかそういうつもりで言ったわけではなくただ事実を述べただけのつもりだったのだが、瑠璃は私の台詞を苦虫だと思ったようだった。
「ならそこでだらけている萩原君の家族についてはどうだい? 君はどのくらい知っている?」
「え、急に何?」
 休日に瑠璃の店にやってきていたらしく、机に突っ伏してうとうとしていた恭介が突然名前を呼ばれて顔を上げる。それにあわせて頬に張り付いていた碁石が落下した。どうやら私がここを訪れる前に二人で烏鷺に興じていたらしい。だが恭介が盤の模様を崩してしまって正確にはわからないが、百手ちょっとで終わった碁になっているようにしか見えなかった。しかも瑠璃に五子も置かせてもらっているというのに。
 そうは思いつつも私も瑠璃には石を置いて指導してもらっているくらいであるし、そして肝心なことは瑠璃や恭介の棋力に関しては知っていても、私は両人の家族については何も知らないということだ。
「成明は僕の父親が警視庁に勤めていることは知っているでしょ? それで今の仕事にありつけたって話したことあるじゃない」
「そういうことじゃないんだよ萩原君。出身や家族構成は親しい友人であれば話すこともあるだろう。でもその身内が実際にどんな性格をしているかについて教えることはあるかい? 家族なんて鬱陶しいだけの代物で友人に紹介するだけの価値などなく、仮に近しい身内に恵まれていたとしてもそんなことを話せば周りに疎ましがられるだけのものさ」
「うーん、瑠璃はちょっと捻くれているというか、言葉がきついよねえ。でも確かに率先して話題に出すものでもないかな。友達同士、その場のノリでやる雑談の方がずっと楽しいし」
「けれど私たちはこれまでに何度も飯田君から彼の妹の話を聞いているね。よっぽど溺愛しているんだろう。そしてそれを世間一般ではシスコンと呼ぶんだよ」
 溺愛しているかどうかはともかく私が妹のことを大切にしているのは確かだ。しかし世間で俗に言われているのとは違って、心理学的にはかなりの偏愛を指す。時には性的な行為に及ぶことすらあるようなもので、コンプレックスと付いていることからも分かるようにかなり病的なものなのである。けれどそのようなものは私にはない。
「どうして君はそう言い切れるのかねぇ」
 けれど私の考えを瑠璃がすぐさま否定してきた。
「そもそもコンプレックスというのは抑圧された無意識が実際の言動に現れるようなもののことを言うのだろう? よく自分の目が二重でないことをコンプレックスだとのたまう人間がいるが、そんなもの自分の顔を鏡でまじまじと見つめ、同じように他人の顔をまじまじと見つめ、それを見比べた上で社会的にどちらがいいとか言われている戯言でもってよくないと判断しているだけのことじゃないか。ただ自分を受け入れることができていない幼稚な甘えだよ」
「瑠璃は相変わらず言い方がキツイねえ」
 苦笑しながら口を挟んできた恭介に、瑠璃が言い返す。
「そうかもしれないね。私は専門家ではないから自分の感想でしかないわけだし。でも重要なのは今回のは飯田君の話と関係があるということなんだよ」
 瑠璃は私の方に向き直ると、いつものキセルがないために人差し指で何度もこちらを指し示しながら喋り出した。
「そもそも君が妹を大切にしている理由とは何かね? 私たちの付き合いも相当なものだが、これまで立ち入って君の家庭環境について聞いたことはない。だからこそこれまでやってこれたと言えるのかもしれないけれどね」
 私は瑠璃の家族のことをまったく知らないし、おそらく恭介も知らないだろう。特別聞く機会がなかったというのもあるが、それ以上に瑠璃自身が触れて欲しくはないという雰囲気を醸し出していた。私はこれからも彼女の体験してきたものに関して聞き出そうとはしないだろう。この友人関係はそうしたいくつかの暗黙のルールのようなものを守りながら成り立っているものだと思うからだ。よく鈍感であると瑠璃に罵られる私でもそのくらいのことはわかっている。
 しかしだからこそ、今の瑠璃の言葉は私には理解できないものであった。彼女が指差しているのは私の中にある何かなのだ。しかしそれを明確に指摘できないから聞き出そうとしている。私の口調に険悪な気配が入り混じったとして誰がそれを咎められようか。
「瑠璃。私は自分の家族を大切なものだと考えるのは当然だと思っている。君には君の事情があるだろう。しかしそれを私にまで当て嵌めようとしないでくれ」
 下唇を噛んで瑠璃が押し黙る。いつも勝気な彼女がそのような表情をするのは珍しかった。
 静かになった店内に柱時計の振り子の音が鳴り響く。
 重く私たちに圧し掛かろうとする空気の下で、しばらくしてから恭介が小さく言葉を漏らした。
「僕はどうして瑠璃がそんなことを言い出したのか気になるな。瑠璃は直感でしゃべることが多いけど、でも他人の心を無視するような人間じゃないから……」
 彼の声が響いたのは、けしてその場が静まりかえっていたからではない。
 恭介に続くようにして瑠璃が話し出した。
「私も飯田君の家族との関係について根掘り葉掘り聞き出そうというつもりはない。興味本位だとしたらもうとっくに話してもらおうと迫っていただろうさ。ただ今回はどうにも気になって仕方がなかったんだ」
「――今回というのは私が雪奈と出かけたことのことを指しているのか?」
 気を落ち着けながら問いかけた私に、瑠璃は頭を振って応えた。
「そうじゃないよ。この一連の事件のことさ。私にはどうして君が人殺しなんてしたのかさっぱりわからない。しかもその殺した相手が年端もいかない女性ときた。失礼な言い方に聞こえるかもしれないが、私には君がそのような人間と交際があるなんてことが想像出来ない。ここに死体を運んできたときは、その相手とはさほど親しくないのだろうと思うことで私は無理矢理にでも納得することができた。でも君はまた同じくらいの女性と交流を持つようになった。だから混乱してしまっているんだよ。正直飯田君のことが私にはわからなくなってきてしまっている」
 瑠璃は別に私のことをすっかり把握しているのだと言いたいのではない。そうではなくて友人として長年親しく付き合い、踏み込まない領域を保ちながらも互いに理解してきた。私も瑠璃のことで知らないことは多いが、それでも彼女のことを理解していた。そうやって私たちの関係というのは成立していたのだ。けれど瑠璃には私の行動がわからなくなりつつある。
 ついに瑠璃は自分の額を両手で押さえ、大きく俯いてしまった。そのまま苦しげに呻き声を上げる。
「だから私はこう考えるしかないんだよ。君は妹の姿を彼女たちの中に見ているのではないかと」


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by zattoukoneko | 2011-05-21 19:34 | 小説 | Comments(0)


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