【小説】『絶体零度』2-1-2


2-1-2

「結局何も姉に関してはわかりませんでしたね」
 お昼をやや過ぎた頃。若者の多い衣類を中心に扱う店が並んだ通りから少し離れたところにあるカフェテラスに私たちはいた。ここは喧騒からも離れていて私にとっては随分落ち着く感じがする。
 店は少し凝ったパスタを提供するようで、一食で二千円弱の値段がする。確かにこの値段と立地では、二十歳かそこらの雪奈が通うような場所ではないように思われた。
「まあ仕方ないさ。私はそもそもああいう若い子たちが集まる場所に行ったことがほとんどないからね。雪奈のお姉さんと一緒に出かけるかどうかも怪しいなあ」
 私は店員の運んできたホウレンソウを練りこんだというパスタを受け取りながら答えた。この店はどうやら食具にもそれなりにこだわっているらしい。瑠璃が骨董品なんぞを扱っているので多少は目利きが効くようになったのだ。
「成明さんは学生の頃にこの辺りに来たことはないんですか?」
「なかったなあ。街の様子や時代背景も今とは多少違っていたということはあるけれど、何よりも私の周りには身なりを気にするような人間はいなくてね。旅行も東京観光もせずにだらだらと日々を送っていたよ」
「それって何だかもったいない気がします。私は大学に通っていないので、クラスやサークルの友人と遊びに行ったり旅行に出かけるのに憧れがあったのですけど――あ、どうも」
 ちょうどそこで女性店員が雪奈の元に料理を運んできたので会話が途切れる。店員が去るのを待ってから私は答えた。
「そういう人もいると思うし、むしろそちらの方が大勢だろう。だけど人の育ってきた背景やその時々の環境は様々だからね。活動内容も人によって異なってくる。私の場合は親しい友人がそういうタイプでなかったというだけさ」
 と、そこで私の頭をふとした記憶がよぎるのを感じる。
「そういえば私の妹もそのようなことを言っていたな。せっかく東京に出て行ったんだし、もっと楽しめばいいのにと」
 私のその言葉は半ば独り言であったのだが、雪奈は多少なりとも興味を持ったらしい。
「成明さんには妹さんがいるんですか?」
「ああ、いるよ。若干年齢が離れているんだけどね」
 そこで雪奈はちょっと首を傾げた。
「妹さんは大学には入らなかったのですか? 私みたいに」
 どうやら雪奈は、私の妹が大学で遊ぶことができず、それで彼女と同じように憧れを言ってきたのだと勘違いしたようだ。私は記憶を探りながら返事をする。
「いや、妹はそこそこ遊んでいたと思うよ。大学にも通っているね。ただ地元である茨城の大学に通っていたから東京に対しては憧れを持っていたんだと思う。それで雪奈と似たようなことを言ったのではないかな?」
「そうですか……」
 けれど雪奈はどこか納得がいかないようであった。大学そのものに通ったことがなく、また出身も都会の方だから田舎との違いがよくわからないのだろう。ただ少ししてから新たな疑問を投げかけてきた。
「妹さんが東京にやってきて、一緒に出かけたりはしなかったんですか?」
「――え?」
「ですから妹さんが成明さんのところに遊びに来て、今日私と出歩いたみたいに一緒に買い物に出かけなかったのかなと。そんな疑問が思い浮かんだんですけど」
「あ、ああそういうことか」
 一体私は何を動揺したのだろう。いや、動揺したというよりは思考が停止してしまったという感じだった。それが一体何なのかわからず、けれどとりあえずは雪奈の質問に答える。
「そうだなあ。何度か東京に出てくることはあったかな。でも大抵は自身の友人たちと一緒だったし、私のところに一人で来たこともあったけど買い物の付き添いをするというのはほとんどなかった気がするよ」
「あまり、仲がよくなかったんですか?」
「そう……聞こえるかい?」
「少し。私は孤児院を出て姉に会ってからはべったりでしたから。だから成明さん兄妹はあまり親しくないような気がしたんです。でもよくよく考えてみれば姉妹とは違うものですよね。成明さんの言っていた人によって活動内容が変わるというやつでしょうか? 私も仮に姉ではなく異性の兄だったらあそこまでべったりしなかったかもしれません」
「…………」
 私は雪奈の言葉に、自分の持っている記憶というものを少し探ってみざるを得なかった。彼女の言ったことは正しいことにも思える。でも少し曖昧であるような、しかしそれと同時に妙なリアルさも感じられるようなそんな不思議な感覚がしたのだ。
 そうだ。以前妹が私のところに遊びに来たとき、やはり待ち合わせは渋谷駅前だった。茨城で育った私たちからすると他にいい待ち合わせ場所も思いつかなかったし。そのときの妹はカーキ色のコートを着ていて、それはまるで今日の雪奈のよう――
 店内であるため今は脱いで椅子の背もたれの部分に掛けられている雪奈のコートを注視していたら、怪訝に思った持ち主が何事かと訊いてきた。私は慌てて取り繕う。
「いや、そのコートもお姉さんと一緒に出かけたときに相談して買ったりしたのかなと。私は服飾などに関しては妹に適切なアドバイスをすることはできなかったが、同じ女性同士ならお互いに色々言いながら買い物をするのだろうかとね?」
 あまりに唐突な質問に聞こえてしまったのではないかと私は心中穏やかざる状態であったのだが、雪奈はあまり気にしていないようだった。ただほんの少し寂しそうな表情をしてみせる。
「姉とは結構頻繁に出かけましたが、私を大学に入れようとしてくれていたこともあってあまり自由になるお金はなかったのです。それに出会ってからそれほど経たないうちに行方がわからなくなってしまったものですから……」
 雪奈にとってお姉さんである舞美さんの存在はどれほどのものであったのだろう? 孤児院で育ち、ようやく出会えた本当の家族。その家族にようやく愛情を注いでもらいながら充実した日々を送っていたに違いない。それなのにある日突然その人を私が失わせてしまった。
 彼女が私を不審に思い、過激ではあったがナイフを突きつけてきたことも納得できる気がした。あの時私がお姉さんを殺したとわかれば、雪奈はその手を血で染め上げていたかもしれない。
「……雪奈にとってはとても大事な家族なのだね」
「はい。それに憧れでもあります。私は姉のような人物になりたいし、目下進むべき道標になっているとすら言えるかもしれません」
 雪奈はそう一度締め括ると、顔を下げた際に落ちてくる髪を耳にかけてフォークに絡め取ったパスタを口に運んだ。
「髪の長い女性は大変だね。うちの妹も雪奈くらいの髪の長さだったから同じような食べ方をしていたよ」
 何気ないその私の言葉に雪奈は苦笑する。
「髪が長ければ必ずしも同じ食べ方をするとは限りませんよ。成明さんが人それぞれだって言っていたじゃないですか。私は――正直に告白すれば姉の真似です。髪形もこの食べ方もコートなどの服装も。それが姉への近道のような気がして」
 私はそこでふっととある感覚が蘇ってくるのを感じた。
「そういえば君のお姉さんも私の妹に似ていたような気がする。……いや、きちんとした記憶を取り戻せたわけではなく、そうだったような気がするというとても漠然としたものなのだけれど」
「それは……姉との記憶というよりは妹さんの記憶のような感じもしますね。妹さんとの話をしばらく続けていたのでそれに触発されたのかも」
 そうなのだろうか? 私はお姉さんのことをきちんと思い出せたというわけではないという点でそれは合っているのかもしれない。でも『妹のことを舞美さんを通じて感じている』というような気もするのだ。私の中で何故か妹の記憶と存在が希薄になっている。
 しかし私のそのような考えは雪奈の次の台詞で雲散霧散させられる。
「でも成明さんも妹さんのことをかなり大事に想っているみたいですね。もしかしてシスコンというやつですか?」
 悪戯な笑みを浮かべて訊いてくる彼女に、私は耳まで熱くなるのを感じた。
「な、何を言ってるんだ! そんなことは断じてない!」
 必死になって否定する私を見て、雪奈はクスクスと笑い出した。


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by zattoukoneko | 2011-05-17 12:19 | 小説 | Comments(0)


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