【小説】『絶体零度』1-4-1


1-4-1

 その休日は天気も良く、しかし晩秋らしい肌寒さも感じる日だった。私は駅の近くにある喫茶のチェーン店に入ると窓際の席を選んだ。
 鞄の中から一枚の紙を取り出すとさっと走り書きし、それを窓ガラスに貼り付けた。それからは特に注文したコーヒーを飲むでもなく、ぼんやりと外の風景を見て時間を潰した。
 東京というのは平地ではなく、谷の多い地形である。だから海外の都市、例えばパリの凱旋門広場を中心とした放射線状に主要道路が伸びているようなものと違って綺麗に整備された町設計とはなっていない。狭い間隔で駅が点在し、その周辺に駅前商店街などが発展しているか、もしくは発展していたという形になっている。アメリカなどは鉄道が物資を運ぶために駅ができるとそこの周辺に工場が設立し、従業員が家族を伴い、そしてその生活を支える巨大量販店が軒を連ねて都市と呼ばれるものが成立した。日本でもこの傾向はややあり、駅のある所のほうが発展しているのだが、それぞれの地区が開発するには地形上の問題などから困難であったためにデパートよりは商店街が細長く伸びるという形になった。
 しかし次第に外資資本の導入なども影響し、百貨店とは呼べないまでもスーパーなどが駅の近くや、主要道路の傍らに建てられることで商店街の経営を逼迫した。近年では雑多としていた駅前も行政が整備し始めている。建築物の生む生活環境への影響も考慮されるようになり、日陰やビル風を生み出していた大型のビルは建て直しをされた。駅の目の前は広すぎると感じるほどの広場となってバスの停留所などに利用されている。
 私が最初東京に出てきてこの町に住むようになってから随分様変わりしたものだと思う。雑然とし、陽のほとんど届かない生活空間というのも、慣れてしまえばそれはそれで味があったのだが、私が今窓越しに眺めている駅前は太陽の光がそれなりに届くように変えられ昼であることを十分に感じられるように設計されている。これも時代の要請というものか。公共事業は別に地中の管を確認するだけの工事なぞせずとも、ずっと仕事が舞い込んでくるのではないかとそんなことをぼんやりと考える。
 ――そんな思考をしていたのがどのくらいの時間であったか計測をしていなかったためにわからなかったが、私の座っている席のすぐ傍に誰かがやって来る気配がした。
「一体どういうつもりですか?」
 そちらに顔を向けるとつい先日出会ったばかりの少女、白樺雪奈が憮然とした表情で立っていた。
「ちょっと話をしたいと思ってね。でも連絡先がわからないから一か八かでこういう呼び出し方をしたというわけさ」
 私が先程窓に貼り付けた紙。そこには『白樺雪奈さん。直接お会いしたいのでお店の中へ』と書いてあったのだ。昔は駅に伝言用の黒板などが置いてあったりしたのだが、携帯電話の普及などにより減少してしまったし、今の若い子たちがその存在を知っているかどうかも疑わしかったのでこのような手段を取ることにしたというわけだ。
 しかしそれは相手の人物には気に食わなかったようで、
「それではまるで私がずっとあなたを付け狙っているのを世間に知らしめているみたいではないですか。差はないと言うかもしれませんが、私はストーカーなどと騒がれたくないのですけど?」
「それは済まないことをした。どの程度かわからなかったけれど、白樺さんが私を手がかりにお姉さんを探すというのならそのうちこの紙も見るのではないかと思ったし、他によい連絡手段も思い付かなかったものだからね」
 それから私は謝罪の意思表示としてメニューを彼女の方に差し出しながら、向かいの席に座るように促した。彼女は少し逡巡したようだが結局コートを脱ぎながら椅子に腰掛けた。
「何でも好きな物を頼むといい。私はこういう店なぞ普段来ないものだから何がおいしいのか知らないしね」
「そうやって姉を何らかの事件に巻き込んだことをうやむやにしようとしてるんですか?」
「そんなことは考えていないんだけどなあ」
 思わず苦笑いしながら私は答えた。一方的に呼び出したのは私だし、何か奢るのは当然だと考えただけだ。
「第一あなたはあまりお金を持っていないように見えます」
「厳しいところを突くね。でもこれでも一応は社会人として働いているし、君よりは懐に余裕があると思うよ。白樺さんは大学生か何かかな?」
 私の問いかけに、しかし彼女は別の応答をしてくる。
「私のことを名字で呼ぶのはできればやめてもらえませんか? あまり、好きではないのです」
「うん? じゃあ雪奈ちゃんと呼べばいいかな?」
「……ちゃん付けも子ども扱いされているみたいで少し嫌ですね。確かに私はあなたよりずっと年下ですが。雪奈、でお願いできますか?」
「わかったよ、雪奈。まあ場合によっては話も長くなるのではないかと思うし、遠慮せず何か飲み物でも食べ物でも好きな物を注文してくるといい」
 言われて雪奈は多少しぶしぶとという感じを見せながらオーダーするため席を立った。セルフサービス制の店なのでレジのところで商品が出てくるのを雪奈が待っている。その後姿を見ながら、先日は驚きが大きかったのできちんと見れていなかったが、彼女の髪は長さでは私が殺したと思っている女性と瓜二つなのであるが、若干髪質が違うことに気付いた。姉の方は髪がもっと太かったが、雪奈の方はそれよりもいくらか細くてそのせいか髪色もやや薄い。軽い髪はコートを脱いだときに生じた静電気によってなのか軽く毛先を浮かせている。
 数分してカフェモカと一緒に帰ってきた雪奈は、しかしそのカップとトレイはテーブルに置くだけですぐに私に話しかけてくる。
「それで話をしたいというのは何についてでしょう? ストーカー紛いの行為をやめてくれと、そういうことでしょうか?」
 まだ警戒心を解いていないからか厳しい口調で臨んでくる雪奈。まあそれも仕方ないだろう。事件うんぬんは大きな影響を与えているだろうし、それを差し引くことが出来たとしても私たちはほとんど初対面なのである。
 これは私にとっては難しい注文なのであるが、やんわりとした口調を心掛けながら話をし始めた。
「用件というのはね、雪奈のお姉さんの話を聞かせてもらえないかということなんだ。前に会ったときに話したけれど私には君のお姉さんに関する記憶がない。周囲の友人らも知らないからね。そこで身内であるという雪奈から話を聞かせてもらえないかと、そういうお願いなんだ」
 雪奈は少しの間こちらを窺うような視線を送ってきた。それから問いかけてくる。
「どうして姉のことを知ろうとしているんですか? 何か私と姉のことを探っているんですか?」
「いやそんな大それたことじゃないよ。今さっきも言ったように私は雪奈のお姉さんのことを覚えていない。しかしそれをそのままにしていてはいけないとも思うんだ。何故私は彼女を殺めたのか、あるいは殺めていないのかもしれない、それをはっきりさせないと何も解決しない。事の真相は闇に包まれたままになってしまう」
 私の言葉に雪奈はしばし何事か悩んでいた様子だった。怪訝な声音で訊いてくる。
「今のあなたは警察にも捕まらず、その罪も問われる可能性は低いのではないかと思います。私はまだきちんと話をしたことがあるわけではないのでわかりませんが、記憶がないというのが本当なら、あなたがやろうとしているのはそれを呼び起こそうということ。もしかしたらそれによって罪を認めざるを得なくなるのかもしれませんよ? そんなことをあえて自ら行なうと?」
 彼女の問いに私は真剣な眼差しを向けた。
「だからこそやるべきではないかと思っているんだよ。明確に罪があるならそれを背負う覚悟もある。むしろ記憶をなくしてしまっていることを問題だと考えるようになった。雪奈に出会って、実は君のお姉さんの存在というのは何かしら私にとって大きなものではなかったのかと感じ始めた。でもそれを明確に思い出すにはまだまだ至っていなくてね。だから妹である君から話を聞いてみることにしようと、そういうことなのさ」
 私がそう告げてからしばし雪奈は沈黙する。彼女は何事か真剣に考えているようだった。彼女の持ってきたカップが冷めてはしやしないかと気遣うくらいにまで時間が経過してから、ようやく雪奈はその薄い唇を開いた。
「わかりました。私としてみてもあなたが記憶を取り戻すことで姉の行方がわかるかもしれませんし、協力しましょう。ただその前に一つ断っておかなければなりません」
 雪奈はそこで少しの間隙。気のせいかもしれないが少し辛そうな顔をしているような気もした。だが今回はすぐに言葉が再開された。
「私は厳密にはあなたの殺したと思っている女性の妹ではありません」


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by zattoukoneko | 2011-05-07 23:18 | 小説 | Comments(0)


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