【小説】『絶体零度』1-3-2


1-3-2

 背中にぴったりと寄り添う女性に「私はあなたの殺した人の妹です」と言われ、なるほどこの相手が恭介の言っていた人物なのかと思い当たった。
 実際にそうであると決まったわけではまだない。しかしながら身内を殺した相手を憎み、付け狙っていたというのはありそうな話に思えた。腰に当たっている硬くて鋭利なものがすぐに体の内部に侵入してこないことを少し訝しく感じはしたが、事に及ぶ前に自己紹介をすることで私に印象付けようとしたのだとすれば得心できる。
 ただ残念ながら彼女の自己紹介に思い当たる物が何もなかった。白樺雪奈――と名乗ったか。下の名前はもちろんのこと、その名字も知っているものではなかったのである。
 果たしてそのような相手を殺したとして想いは報われるものだろうか。そんなことを考えていたら背後の女性が声をかけてきた。
「……動じないんですね」
 彼女の言葉に。私はどのように返答したらよいものかと困ってしまった。街中で急に背後から刃物を突きつけられたら、騒ぎ立てるだろうか、それとも動悸と共に体を激しく揺らすだろうか。そして私はどうしてそのどちらでもないのか?
 もしかしたら瑠璃だったら適切に私の心情から説明してみせるのかもしれないが、ここには私一人しかおらず故に独力で言葉にするしかない。
「君が恨みをもって私を殺すのだとするならそれも自然なことかと、そう思ったということかな。自分でもよくわからないのだけれども」
「…………」
 背後にいる少女――姿は見えないので確かではないが言葉通りならば少女ということになるだろう――はしばし何かを考えているようだった。昼にしては冷たい風が私たち二人の間に割って入ろうとして、結局諦めて過ぎていった。
 話を始めた少女の口調はどこか淡々としたものだった。
「あなたは姉を殺したことを認めるんですか? でもそれならどうして警察に捕まっていないんです? 自ら出頭したというのは刑事さんから聞いています」
 どうやら恭介の言っていた人物で間違いないようだ。担当していた刑事が私の近くに頻繁に現れる少女を見つけ、声をかけたといっていた。しかし彼女の台詞からもわかるが詳細は話していないのだろう。いくらか事情を知っている程度ということだ。
 私はどのように説明したらよいのかとしばし考え、ふと少し前に瑠璃に言われた台詞を思い出す。
「私は君がどこまで事情を把握しているかまったくわからない。友人には相手の心構えに配慮しわかりやすいように説明するのを心掛けろと言われたが、どうにもそれが私には向いていないようでね。だからあったことをそのまま話すよ?」
 そう一つ断りを入れてから私は背後の少女に説明を始めた。
「君のお姉さんかどうかわからないが、私は気付いたら一人の女性の首を掴んでいた。すでに息はないようで、困った私は友人の家、先程出てきた店に運んだ。その後別の友人を交えて相談した結果、自分から警察署に足を運ぶことにしたんだ。ところが私の記憶があまりに無いことに困った警察側はしばらく泳がして行動を観察することにしたらしい。というのも肝心の殺したと思っていた女性の体がなくなっていたからね。だから記憶がないというのが嘘なら死体を隠した場所にでも行くのではないかと考えたんだろう。でもその女性に覚えがないというのは本当だったし、少なくとも体を隠したのは私ではない。だから今でもこのように自由に外を出歩かせてもらっているというわけさ」
 署での細かいやり取りなどを除けば事情はこのようになる。当事者になっている私としてはすんなり納得のいくものだと思えるのだが、瑠璃や恭介、そして捜査にあたった刑事も戸惑っていた。それらから判断するに奇妙な話に他人には聞こえるのだろう。事実背後にいる少女もかなり長い間黙りこくってしまった。
 少女が再び口を開いたとき、その口から出てきた言葉は今まで私たちが考えていたこととはまったく違う推論を含んでいた。
「つまり、姉はまだ生きているかもしれないということですね?」
「……え?」
 少女の台詞に私はたった一言しか発し返すことが出来なかった。それを受けてか相手は自分の論を展開し始めた。
「あなたは姉を殺したと『勘違い』をしたのかもしれない。実は姉はまだ生きていて、体を運ばれたときには意識を失っていたか仮死状態だった。運ばれた先の部屋で意識を取り戻した姉はあなたたちに知られぬようにこっそりと部屋を抜け出した……」
 それは想像に過ぎなかったが、だが私は否定するだけの要素も持ち合わせてはいなかった。
 私は殺したと思っている女性の首の感触や手首に垂れていた涎の冷たさをまだしっかりと覚えている。だからといってそれが死体のものであったと断言することは出来ない。この年齢になれば何人かの死は見てきている。しかしその相手の首を絞めてみた経験なぞはない。だから首を締め上げていた女性が本当に死んでいたとは断言できないし、また専門家に見せる前にその体は消えていた。ならば少女の言うようにその女性は生きている可能性もまだあるということだ。
「でも逃げたとしたらその後どのように過ごしているかはわからない。妹の私にもその行方は知れない。姿を現すことが出来ない理由が何かあるということ?」
 少女はそこで一つ呻った。それから私に向けて言った。
「私は姉が死んでいるとは思いたくありません。ですから生きているという可能性に賭けることにします。そうしたとき姉を見つける鍵になるのはあなたということになるんだと思います」
 それを告げると彼女は私の腰に突きつけていた刃物と共に体を離した。
 私はそれに調子を合わせるような感じで体の向きを反転させる。そして背後にいた少女の姿を視界に入れたとき――
 衝撃が走った。
「警察の方がまだあなたに注目して捜査を進めてくれているのかどうかはわかりませんけど、それとは別に私は個人であなたに着目させてもらいます」
 言葉を紡ぐ桃色の唇。色素の薄いセミロングの髪。私を射抜かんと視線を向ける栗色の瞳。やや厚めのコートを着ているにも係わらず、ほっそりとしていることがわかる細身の体躯。
 妹だというのだから当たり前かもしれないが、それらは私が首を締め上げていたあの女性にそっくりなのだった。
 そのことに気付くと同時に何かが込み上げてくるのを胸の下辺りに感じた。横隔膜の辺りで熱く滾っている。この感覚を私は知っている。でもそれをはっきりと認識することは出来ないのだ。彼女から受ける印象に『何かが違う』という訴えも聞こえてくるために。
 結局私は何を掴み取ろうとすればよいのか、それすらもきちんと把握できなかった。砂の一粒すら手にすることが出来ないうちに少女が別れの言葉を告げてくる。
「ストーカーになるなんてつもりはないですけど、あなたから見ればそう映ってしまうかもしれない。でも私だって真剣なんです。形振りなんて構っていられない。……それだけは伝えておきます」
 それだけ言い終えると彼女は髪を翻し去っていった。早足で歩いていく彼女の後を、私は追うことが出来なかった。
 けれど小さくなっていく彼女の後姿を見送りながら、自分も動き出さなければ己の中にあるものを見つけられないという想いを強くしていった。
 だから私は次の休日になるとすぐに行動を起こしたのだ。


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by zattoukoneko | 2011-05-04 21:09 | 小説 | Comments(0)


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