第1回電撃メジャーリーグ応募作品『最初で最後の甘いくちづけ』

第1回電撃メジャーリーグに参加した作品で『最初で最後の甘いくちづけ』です。
電撃メジャーリーグ(当時は「グランドチャンピオン大会(仮)」となってましたね。懐かしいw)とは大体1年間の電撃リトルリーグ受賞者に参加依頼が来て、2,000字の掌編作品を応募。読者投票によって順位を決めるというものです。
(ちなみに現在第2回が開催中ですが、第1回は電撃文庫MAGAZINEのプロローグ1.と2.も含まれてるので、全16作品集まるという大激戦でしたw)

以下、お題と私のコメントを掲載しておきます。

課題:タイトルを『最初で最後の○○○○』とすること(○の部分は文字数フリーで穴埋め)
タイトル:最初で最後の甘いくちづけ(2,000字)
コメント:オチは何通りか考えたのですが、ヒロインの純心を傷つけてしまいそうで結局特別なオチはつけませんでした。(50字) ← メジャーリーグのときは文字数が「50字程度」と増えます。

   ***

 その日、僕は橘さんに告白をした。
 夕暮れ時。茜色に染まった地面に二人分の影が長く伸びている。
 告白を受けた橘さんは、夕陽に負けないほど頬を朱に染めた。
「ありがとう。私もあなたのことがずっと好きだった」
 橘さんは嬉しそうにそう言った後、しかしすぐに表情を曇らせた。
「でも私、病気なの。そのせいであなたのことをがっかりさせてしまうかもしれない。それでもよかったら付き合って」
 彼女は真っ直ぐな瞳を僕に向けると、苦しそうに言葉を搾り出した。
「私、キスができない。キスをすると死んでしまうの」
 そんな病気聞いたことない。でも彼女のお姉さんは、赤ん坊の頃に両親からのキスを受けて亡くなってしまったそうだ。そしてその後生まれた橘さんにも同じ病気があることがわかった。
 キスができない――僕はそんなの構わなかった。僕は純粋に橘さんのことが好きになって告白したのだから。
 それを聞くと橘さんは安堵の表情を浮かべた。
「嬉しい。これからよろしくね」
 そう言葉を返す橘さんの顔には、どこか憂いが潜んでいるように見えた。

 初めてのデートは遊園地に行くことになった。
 待ち合わせ場所の駅前に着くと、橘さんはすでに待っていた。
 橘さんが微笑んで言う。
「早いね」
 そう言う橘さんの方が僕より早いではないか。
 そう指摘すると橘さんはくすくすと笑った。「そうだね」なんて言いながら。
 橘さんは一通り笑い終えると、片手を僕の方に差し伸べてきた。
「キスはできないけど手を繋ぐことはできるから」
 僕は喜んでその手に自分の手を重ねた。その手は遊園地に着くまで離れることはなかった。
 遊園地では色々な乗り物に乗った。ジェットコースターはもちろん、コーヒーカップにもメリーゴーラウンドにも乗った。
 そうして色々なアトラクションを楽しんでいるうちにすぐに陽は暮れてしまった。最後に何に乗りたいかと訊くと、橘さんは観覧車がいいと答えた。
 ゴンドラの中から見る夜景は本当に綺麗だった。向かいの席に座る橘さんが、目を輝かせながら外を眺めていた。
 その橘さんが、ゴンドラが頂上に辿りついたところでつぶやいた。
「……本当だったらここでキスとかするのかな」
 だけどキスはできない。どうやら橘さんは自分の病気があるせいで、余計にキスに憧れがあるようだった。
 僕は席を立ち、橘さんの隣に座った。そして肩に手を回す。
 橘さんは驚いて僕の顔を見る。そして一瞬物欲しげな顔をしてすぐに諦めた表情になった。ゆっくりと頭を僕の胸に預けてくる。
 そうやって二人寄りそったまま観覧車は一周を終えた。

 別れのとき、駅前で橘さんは急に僕の方に振り返った。
「好き」
 そしてそのまま僕の胸の中に飛び込んでくる。
 橘さんは言葉を続ける。
「好き、好き、大好き」
 僕の背中に手を回してくる橘さん。僕もそれに応えて彼女の体を腕で包む。
 橘さんの言葉は止まらない。
「大好き、大好き、大好き」
 異変に気付いたのはそのときだった。僕の背中に回された橘さんの指に、異様に力が入ってきたのだ。すぐにそれは痛みを感じるほどに。
「好き、好き、好き!」
 橘さんがばっと顔を上げる。
 彼女は、泣いていた。
「好きなのにどうして!」
 橘さんが悲鳴を上げる。
「こんなに好きなのに、どうしてキスすらできないの!」
 そう叫ぶと再び僕の胸に顔を埋めてわんわんと泣き声を上げ始めた。
 橘さんのキスへの憧れは僕が思うよりずっと強いのだろう。キスができないということが、彼女をずっと苦しめてきたのだと思う。
 僕は何もできないまま、橘さんを抱きしめ続けた。
 やがて泣き声は止まった。橘さんは胸から顔を上げた。言う。
「ねえ、キスして」

 僕はその申し出を断った。キスしたら橘さんが死んでしまうではないか。彼女を亡くしてしまうことが、僕には耐えられなかった。
 でも橘さんは頑なだった。
「キスができない私に、あなたはいつか愛想をつかしてしまうと思う。そうなるくらいならキスして死んだ方がいい」
 そんなことにはならない。キスできなくても僕はずっと橘さんを好きなままでいる。そう伝えたのだが橘さんは首を横に振った。
「あなたなら本当にそうしてくれるかもしれない。でもそれじゃあ私の望む彼氏彼女の関係になれないの。キスができない。その先にあるのは絶望なの」
 絶望――それは死に至る病だ。橘さんが考えるに、キスは恋人にとってなくてはならないものなのだろう。キスできなければ本当の彼氏彼女になれない。そう思ってしまっているのだ。
 僕は何とか橘さんを説得しようとした。けれど無理だった。
「今日一緒にデートしてわかった。これが私に許された距離なんだって。私はあなたとの距離をもっと縮めたい。そのためにはキスするしかないの」
 そう言われてしまっては仕方がない。僕にできることはもう彼女の望みを叶えてあげることだけだった。
 橘さんが瞼を閉じ、唇を突き出してくる。それに僕は肩を抱き応えてあげた。
 最初で最後のキスは、どこかほんのりと甘い香りがした。
by zattoukoneko | 2010-06-30 08:34 | 作品品評 | Comments(0)