氷の上はなぜ滑るのか?

氷ってつるつる滑りますよね? 私の実家があるところはど田舎で、一応道路は舗装されているものの、でこぼこで、冬にはそのくぼみにできた水溜まりが凍ってました。よくその上を滑って――そして何度も転んだものですw (でも東京に出てきてからはそういうのが道の上にあるのを見ないですね。せいぜい雪が積もり、雪かきされた後に若干凍っているくらい? でもあれも私の感覚では氷じゃないですからねぇ。今回の話題は現代の都会に住む人には実感わきにくいのかな? イメージしにくかったら机の上ででも氷の塊を滑らせてください)
で、氷の上は滑って当たり前と思う方もいるかもしれません。けれども他のもの、例えば塩素の氷(正確には、氷とは水の固体のことを指すので、ここでは塩素の固体と表現しないといけません。でも氷と言った方が伝わりやすいと思うので、以下の文章でもこのままいきます)は滑らないのです。普通の地面と一緒で、難なく上を歩くことができます。
一体水と塩素では何が違うのでしょう? 実はその原子間および分子間の結合と、それにもとづく結晶構造が異なっているのです。


さてまず原子間の結合について。
原子間の結合には大きく分けてイオン結合と共有結合、そして金属結合というものがあります。
イオン結合の場合、片方の原子から一つから数個の電子がもう一方の原子に奪われます。このことによって片方はプラス、片方はマイナスのイオンとなります。この場合、イオンになった原子は周りにいっぱい反対の電荷を持ったイオンを引きつけることによって安定化します。次は食塩NaClの結晶構造。
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なおこのとき周りにいくつ反対の電荷を持つイオンを引きつけられるかは、お互いの大きさによって決まります。それによってイオン結晶の構造には他にもいくつか種理があります(面心立方格子、体心立方格子、六方最密充填構造など)。これは、たとえばプラスのイオンがたくさんマイナスのイオンを引きつけたとしても、集まってきたマイナスイオン同士は互いに反発してしまうのです。だから限界がある。またマイナスイオン側にしてみればプラスのイオンをたくさん引きつけたいのです。だからお互いにバランスの取れる形を(瞬時に)見つけて結晶となります。
次に共有結合。これは片方の原子がもう一方の原子から電子を引きつけようとするものの、その力が足りなくて完全には奪いとれなくてできるものです。結果として原子はお互い分かれず、くっついてしまいます。そのときに電子軌道を共有するので、共有結合と呼ばれます。
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この共有結合によってできたものが分子です。イオン結合や金属結合によってできた塊は「結晶」という大きな塊になってしまいますので分子とは呼びません。
最後に金属結合。金属原子は最外殻にある電子を隣、さらに隣の電子へと、電子軌道をくっつけることでどんどん動かしていきます(まさに「自由」に動く電子なのです)。そのため金属原子はたくさん密集して金属結晶をつくります。なお金属が延展性、伸性、導電性、導熱性に優れるのはこの構造と自由電子の働きによります(この辺はセンターレベルの話ですので、理科系の高校生は自分で勉強しておいてください。今回は金属の話はあまりいらないので省略します)。
なお原子間の結合が上記の三つのどれになるかは電気陰性度(マイナスイオンにどのくらいになりやすいかの値)によって決まります。が、とりあえずはイオン結合の場合は金属原子と非金属原子、共有結合は非金属と非金属、金属結合は金属と金属でできると考えておけばしばらくはしのげます。さらにきちんと考えると、元素表で(左右方向に)離れているほどイオン結合に、近いほど共有結合になりやすくなります。これは右、上の方が電気陰性度の値が大きくなるためです(理屈は自学習してください。これもセンターのレベルです)。たとえばAgCl2は金属と非金属の結合ですが、むしろ共有結合に近いです(どのくらいの割合でイオン結合で、残りが共有結合なのかは双極子モーメントという概念を使って計算をします。一応高校の課程では外れていますし、大学の三年生くらいで習うものですが、難関校は平気で出すことがあります。一応説明つきですけれど)。ちなみに電気陰性度については大学受験で使うレベルではF>O>N=Cl>C>Hまで覚えておけば対応できるはずです。
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なおHの値が2.1となってますが、2000年かな? 2.2に改訂されました。

さて次に分子間の結合について。なお分子間力はその名の通り分子にのみ生じます。つまり共有結合してできたもののみです(イオン結晶や金属結晶はすでに「結晶」という大きな塊になるので存在しません)。
大体次のようなものがあります。強さの順番から言うと水素結合、極性引力、ファンデルワールス力、万有引力です。ただし万有引力に関しては原子は質量がとても小さいのでほとんど無視でき(大学では無視しませんが)、それよりずっと大きい電気的な力を主に扱います。(なお、高校の教科書ではファンデルワールス力と万有引力をまとめて「分子間力」と表記しますが、ファンデルワールス力は電気による力で万有引力は質量による力なので全くの別物です。また分子間力とは上に挙げたすべての総称です。つまり教科書は楽して説明していて、そのため高校生は余計に混乱するという事態を招いています。きちんとした参考書を買って自分の頭の中を整理しておいてください)
で個別の説明入る前に、分子間ではクーロン力という電気の力がメインとなるのでそちらの紹介から。
クーロン力は物理で習います(生物選択者でもクーロン力くらいは勉強しておくのが常識です)。式はF=k×q1q2/r^2。Fは力Force、kは比例定数で、q1、q2は互いの電荷。rは電荷間の距離です。つまり電荷の積に比例して距離の二乗に反比例するということ(これ重力と似てますね)。
で、個別の話に入るのですが、水素結合は今回の目玉なので後回しにし、まずは極性引力から。
極性引力とは極性分子間で働くものを指します。極性分子とは電荷に偏りが生じている分子のことで、上に描いた絵のもののような状態です。極性引力は次のように働きます。
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つまり負電荷を持つ側が別の分子の正電荷をもつ側に方向を向けてクーロン力を発生させます。この図では二分子ですが、(イオンのときと同じく)周りにはたくさんの分子が密集しています(ただしイオン結合などと比べてはるかに弱いので、結晶のような固体状態になるのは極低温でないとなかなか生じません)。
次にファンデルワールス力です。ファンデルワールス力もクーロン力によるものなのですが、極性分子、無極性分子どちらでも生じます。また力はとても弱いです。仕組みは少々難解なのですが……一応説明を試みます。
分子の中では絶えず電子が動きまわっています。そしてときには無極性分子であっても分子の内部で電荷の偏りが生じます。このとき近くに別の分子があると、それに引きづられて反対の電荷の偏りをつくります。このときに弱いクーロン力が働くのです。
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ただし、これはとても弱いものです。これから説明する水素結合はおろか、極性引力よりもはるかに小さいものです。
万有引力は――省略してもいいですよね。ニュートンでやりましたし。
最後に水素結合なのですが――今回は高校の内容で説明をします。大学では量子化学によるトンネル効果を用いて説明をするのですが、これは分子軌道の話であって高校の課程で習う原子軌道では説明がしにくいです。興味のある方は(あるいは難関校を受験する方は)大学の参考書などでざっと確認することをお勧めします。
さて水素結合はFH、NH3、H2Oで働きます(実際には他にもSO4,2-イオンなどでも働くのですが、こちらは無機などを詳しく勉強するときに随時追加していってください)。F、N、OはHとの電気陰性度の差がとても大きい原子です。そのため共有結合をして分子の形をとっているのですが、かなりイオンに近くなっています。つまりH側がら相当電子を引きつけているということです。そうするとHはもうほとんどH+イオンです。そしてH+イオンとはプロトン(陽子)そのものです。そのためめちゃくちゃ軽い。軽いということは多少の力で大きなエネルギーをもらえ、動きやすくなるということです。そのため近くに負電荷の大きい分子がくるとすぐにそっちへ向かって飛んでいってしまいます。
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ですが受け取った側は今度はプラスが大きくなってしまいます。なのですぐにH+を返してしまいます。そして返された方はまたH+を送りだします。そしてまた返されます。これを光速に非常に近い速度で繰り返します。ですのでほとんど結合してしまっている状態になるのです。なので分子間力でありながら原子結合にかなり近い。そのためこの力はとてつもなく強いのです。


さて原子間・分子間の力の働きに関してかなり説明がかかってしまいました。ですが化学においては基本中の基本ですので(でも整理できていない方が多いので)ざっと説明させてもらいました。
本題の氷の話に移りましょう。
水の氷は水素結合によってその結晶構造をつくります。これは上で述べたようにとても強い力で0℃なんていうとてつもない高温(化学では高温なのです)で固体になってしまいます。
ですが水の分子はちょっと湾曲しており(上の図で描きました)、このため結晶構造をつくるときにとても大きな隙間をつくってしまいます。この形はダイヤモンドや水晶と酷似しています。
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で、面白いのはこの隙間が大きいということです。
水で氷をつくると膨張すると思います。ですが基本的にあらゆる物資は温度が下がるほどその体積を減らしていきます。温度が下がるごとに分子は密集し、理論上は絶対零度0K=-273℃で体積は消滅してしまいます(人工的に絶対零度は現在つくれませんし、仮につくれたとして原子の大きさなどがありますから消えることはないと思いますが)。ですが氷は例外で、温度を下げると(ある程度までは)膨張するのです。これは結晶構造をつくる際に隙間の多い形をとるためです。
この氷を上から押して圧力を加えるとどうなるか。
氷としてつくりだした結晶構造が崩れてしまうのです。それは固体から液体、つまり水に戻るということです。そのときに生じた水が潤滑油のような働きをし、そして氷とその上に乗った人を滑らせてしまうのです。
一方で塩素の氷などは普通に温度が下がれば体積を減らします。ですから圧力を加えたところで液体には戻らないのです。ですから潤滑油のようなものは生じず、したがって普通の地面を歩いているときと同じで単なる固体の上を歩いている感じになります。ですから滑らないのです。


ちょっと本題より化学の基礎知識の方が多くなってしまいましたね。ただ化学ってこのように物理の知識とかがんがん使わないときちんと整理できない分野なのです。ですからかなり話が難しくなってしまいました。
まあ、でもとりあえずは最後の本題のところだけ理解してもらえれば他人に話せる程度にはなるかと。
一応化学関連では他にも色々な話ができますが、無機や有機の話をするときには理論の方をかなりのレベルまで理解していてもらわないといけないので、ちょっと悩みどころです。
今歴史とつなげた話で簡単に説明できるものを探しているのですが……今度は歴史の知識が必要になってしまうのですよね(フロギストン説とか、ソーダ・ポタシュとか)。なので化学関連の話はちょっとつくりにくいです。
あ、でもこれ教えて、とか要望がありましたらできるだけ応えるつもりでいます。化学の知識は(今大分抜けちゃってますけど)一応受験期に大学卒業レベルまではざっと勉強しましたので。高校生向けにもかみくだいて説明可能です(でも訊いてくれた方には場合によっては相当な予備知識を要求することになりますが)。まあ、ご希望がありましたら気軽にコメントください。私も記事が増やせて助かりますから。


であ、今回の化学の話はこれでおしまいということで。
一応もう春ですから氷はほとんどないと思いますが、一年後の冬には氷で転倒しないように気をつけてくださいね。そして何より受験で滑ることのないように……(私はセンター会場の氷で滑り、そのセンター試験でも滑りましたよorz 私の二の舞にならないように祈ります)。
次回はその受験で滑ってしまないように成績の伸び方についてのお話をします。
Commented by SES at 2011-03-21 15:43 x
こんなに本から画像とってきたらやばくないですか?
Commented by zattoukoneko at 2011-03-21 17:32
SESさんへ。先に答えから述べておけば特に問題はありません。
画像に限らずですがweb上の著作権の適用は現在のところ『慣習によって』行われているというのが実状です。掲示板などに文章や画像がそのまま転載されているなどというのもよく見かけるかと思います。これに対し権利者が自分の権利をどのように主張するかはその人や企業によって異なり、見て見ぬふりをする方もいればすべて駄目だと見つけ次第権利を主張する方もいます。著作権というのはそもそも複製などの行為を“禁止するものではなく、権利者が自分の権利を主張することを可能にする”ものとなります。したがってここのブログにある画像に権利者が使用禁止を主張してきた場合にはその掲載を取りやめなければなりませんし、逆にここにある画像や文章を他の場所で見つければ私自身が権利を主張することができます。
また画像や文章の利用に関しては私の方でもなるべく許可をもらうようにしています。またそれらが「従」となるようにし、ここで論じられている内容が「主」となるようにすることに努めています。
Commented by zattoukoneko at 2011-03-21 17:35
SESさんへの回答続き

ただしこれも『慣例』であり、明確な決まりはないと専門家の方にお聞きしています。ブログなどでよく見かける写真に関しても、そこには誰かの創作物が写っていることが多々あり、それに関しても権利を主張するかどうかは権利者次第です。また私の方で許可をもらった方とは別のところから権利を主張される可能性もあります。
私の方ですでに可能な限りの注意は払っていますが、ネット上の権利は特に曖昧であるため、改めて権利者様より要望があれば画像などの取り下げを行ないます。そのように双方にとって害のないように適宜対応をしながら運営をしております。
このブログには特にその旨を記載していませんが、他のHP、ブログ、掲示板と同様にこの方針でやっています。
Commented by zattoukoneko at 2011-03-21 17:59
ということで堅苦しくなりましたが、正直ネット上の著作権に関して言いますと――

   よくわからない状態になっています(苦笑)

YouTubeなど見ればわかると思いますが、明らかに著作権を侵害しているだろうというものは多々あり、それらが削除されることもあれば、すんなり認めてもらったり見逃してもらえたりしています。
ブログでも明らかに許可をもらわずに人気者のネズミさんを特集して写真などを載せてしまっているものもありますね。
ですのでネット上の著作権に関しては曖昧なまま、どうやってお互いに折り合いをつけていくのかその場その場でやっているという感じです。なので私のところにも「それはダメです!」と来れば改めて相談をし、対応をするという形をとっています。

ともかくここのブログでは可能な限り許可をもらっています(正式な連絡先・権利者が不明というのもありますが……)。またこちらも何かあればきちんと対応しますので問題はないと考えています。

むしろここの記事を転載していたり、リンクを使ってあたかも自分の主張であるかのようにしているサイトに出くわすことがあるのでそれに頭を抱えたりすることの方が多いです……orz
by zattoukoneko | 2010-03-30 06:50 | 化学 | Comments(4)